武井さんの和紅茶と深蒸し緑茶

コラム

3月のコラムでUshimaruの料理を締めくくる一杯として「珈琲 抱/HUG」のコーヒーを紹介したが、コースのリズムを整える食中ドリンクとして欠かせないものがある。それが水出しの緑茶と紅茶だ。

 

千葉県産食材を謳うUshimaruといえども、さすがにお茶はどうなのだろうかと思いきや、見事に茶葉は千葉県袖ケ浦市産。それも明治10年創業という老舗のお茶屋「武井製茶工場」が、自然に近いあり方で栽培したお茶である。

 

今回、5月の新茶の時季に合わせて、Ushimaruマネージャーの鈴木治人さんとともに、武井さんを訪問。茶葉の加工場、そして茶畑と、それぞれの現場で私たちは感動を隠すことができなかった。

ティーペアリングで存在感を発揮する武井さんのお茶

武井さんのお茶を巡るストーリーは昨秋に、ワインソムリエでお茶も担当していた河野知基さん(現在はUshimaruを卒業)が、紅茶を振舞ってくれたところから始まった。香りはもちろんいいのだが、しっかりとしたボディ感のある味わいが印象的な紅茶だった。

 

「ヨーロッパによくあるような香りが立つタイプというよりも、うま味、渋みがしっかりある。これは日本茶と同じ種類『やぶきた』だから。特に武井さんのお茶はいい意味で特有の草っぽい、土っぽい味わいがするんです」

 

鈴木さんも、武井さんの紅茶や緑茶は、料理とのティーペアリングに抜群の相性であると太鼓判を押す。

 

「紅茶は水出しでゆっくり抽出してあげるんですけど、肉と合わせてもぜんぜん負けない。それでいて、食べた後にさっと口の中をきれいに流してくれてね。緑茶の方は牡蠣とか鮑とか、肝系の魚介に良いです。元々お茶とともにお寿司を食べる習慣がありますしね。お互いの風味が喧嘩しないというか、何の違和感もなく飲めるんですよ」

Ushimaruでは武井製茶の紅茶、緑茶と料理を合わせたティーペアリングが楽しめる

 

房総内陸の製茶工場へ

一番茶の茶葉を蒸している工場内は芳醇な香りに満たされていた

東京湾アクアライン連絡道の袖ケ浦インターから車で15分ほど。広がる水田地帯を内陸に向かっていくと、丘陵が視界に入ってくる。ここに武井製茶工場と、そして茶畑がある。

 

まず訪ねたのは、茶葉の加工場。敷地内に足を踏み入れるや、鈴木さんともども、思わず歓声をあげた。芳醇という言葉はこのためにあるのではないかと思わせる、蒸したてのお茶の香り。その瑞々しさは弾けるような躍動感、清冽さすら感じさせる。

 

「お茶屋でも、新茶のこの時季だけのいい香りですからね」

と笑う、武井製茶6代目の武井雅義さん。この香りをUshimaruまで運んで来られたらどんなに良いだろうと本気で思った。

 

作業場は、新茶の緑茶を加工している真っ最中だ。

摘んだばかりの茶葉はそのままにしておくと発酵を始めてしまうため、蒸すことで発酵を止める。その後、葉打ち、粗揉(そじゅう)、揉捻(じゅうねん)といった、茶葉を機械で揉む工程を経ながら、徐々に水分量を減らしていく。そして、精揉(せいじゅう)機で茶葉の形を整えて乾燥機にかければ、「荒茶」が出来上がる。この荒茶から、商品に合わせて様々なグレードの煎茶に分類していく。これが、煎茶加工のざっくりとした流れである。

 

武井製茶の特徴は、なんといっても「深蒸し」である。茶葉の蒸し時間を長めにすることで、コクのある甘くまろやかな風味を引き出す。

 

「深蒸しにすると、どうしても茶葉が細かくなって見た目は悪くなっちゃうんですが、うちのお客さんは深蒸しが美味しいよねって言っていただけるので」

 

と話す雅義さんだが、自身もお茶屋の息子として生まれただけに、幼少期からお茶に関しては人一倍うるさかった。

 

「小さい頃からペットボトルのお茶が飲めなかったんです。うちのお茶の味に慣れちゃったから。ペットボトルのお茶はまったく別物ですよね。小学生の時、運動会とかでペットボトルのお茶出してくれるんです。でも、どうしても口に入れられなくて、どうやって飲もうかななんて悩んじゃって」

 

と苦笑いした。



そんな雅義さんは6年ほど前に、緑茶と同じ品種のやぶきたを使った「和紅茶」の商品化を実現させた。紅茶の加工は緑茶の場合と異なり、摘んできた茶葉は蒸さずに、発酵を促すため揉捻機で表面に傷を付ける。その後、発酵器で温度・湿度管理をしながら発酵させ、乾燥させたら完成である。

 

…と書いたら簡単そうに聞こえるが、紅茶は緑茶にするよりも加工にかなり時間がかかる。

 

「緑茶は摘んでから3時間くらいで荒茶にできますけど、紅茶は摘んだ後、『萎凋(いちょう)』って言って、水分を減らす段階があるんです。それがだいたい12時間くらいかかる。そこから発酵させて乾燥ですので、どうしても二日がかりの作業になっちゃうんですよ」

 

さらに、和紅茶の商品化に至るまで3年近く試行錯誤を繰り返さなければならなかったという。

鈴木さんが雅義さんに、

 

「紅茶はこれから作るんですか?」

 

と尋ねた質問の答えにも、実は苦労の跡が垣間見える。

 

「7月から8月くらい。紅茶は夏ですね」

 

そう、1番茶が良いとされる緑茶と違って、紅茶は敢えて2番茶以降の茶葉で作るのだ。

 

「紅茶を作り始めた当初、一番茶の良いところを摘んで試作したんですけど、クセが強くて美味しくなかったんですよ。もうぜんぜんダメで、試飲してもらったみんなにぼろくそ言われて。発酵も最初は天日でやろうとして、すごく大変でしたね」

 

この土地、この品種に合った紅茶づくりは一般的なセオリーだけでは通用しない。雅義さんはそうした苦労をしてまで、なぜ紅茶を作ろうと思ったのだろうか。

 

「若いお客さんに来て欲しかったんですよ。どうしても緑茶は年代が上の方が多いので、少しづつ若い方にシフトしていきたいなっていうのがあったんです。今はウーロン茶の開発も考えているところです」

 

雅義さんの眼差しは、次の時代のお茶のあり方を見据えている。そして、その姿を後ろから支えているのが、父にして5代目の公一さんだ。

 

「お茶づくりは、一に材料。良い生葉を作ることです」

 

公一さんに案内いただき、近くにある茶畑へと向かった。

雅義さん(右)と鈴木マネージャー

自然と寄り添う茶畑を受け継いでゆく

茶畑について解説する公一さん(右)

茶畑を目の前にした時、再び歓声をあげた。

伸びやかな風景に鳥たちが歌う。なんと美しいのだろう。…と私は思ったが、鈴木さんの着眼点は角度が違った。

 

「あぁ、すごいですね!あちこちに草が生えてる。これ、除草剤も使ってないんですね」

 

「そう。うちは農薬も使わないです。肥料もね、有機質のものじゃなきゃ美味しいものはできないですね」

 

「食材と一緒ですよね。豚にしても、おいしい餌を食べさせてきた豚はやっぱ美味しいですもん」

 

「化学肥料でもね、芽はばっと出るんですよ。でも作って出来上がったもんが違っちゃうんですよね。見た目は変わらないのに。さっき、蒸してるところを見てもらいましたけど、あれもね、しっかりした葉っぱだと、きれいに蒸気が通るんです。よく蒸けるっていうかね。まぁ、そんなこと言っても、常に良いもの作るってのは、なかなか難しいんですけどね」

 

「いやいや、本物を作ろうと思ったら大変ですよ」

 

やや興奮気味な会話を交わしながら、新芽を口に運ぶ鈴木さん。納得の笑顔を魅せる。

 

武井さんのこの茶畑は約1ヘクタール。この他に3ヶ所茶畑があり、すべてやぶきたを栽培している。樹勢が弱まるため、数十年に一度ほどのペースで改植を重ねながら、今に受け継がれてきた茶畑である。

 

今年は4月中旬に襲った突然の寒さに、ずいぶんと茶が痛めつけられたという。

 

「やっぱ自然相手っていうのは大変です」

 

と話す公一さんだが、

 

「うちなんかは顔の見える商売というか、お得意さんから反応がすぐあるんですよ。それで喜んでもらえると嬉しいもんでね、ついつい頑張っちゃうんですよ」

 

柔和な顔をにっこりさせる公一さん。仕事にかけるこのまっすぐな気持ちが、お茶づくりを支えているのだ。そしてこうつぶやく。

 

「今、息子がやってなきゃ、私ももうお茶づくりはやってないかもしれないですね」

 

お茶づくりにかける想いは息子の雅義さんにもしっかりと伝わっている。そして、レストランに爽やかな風味となって届けられ、テーブルを囲む人たちの笑顔を支えているのだ。

  • 「武井製茶工場」

千葉県袖ケ浦市下泉851

OPEN  9:00〜18:00

武井製茶工場 WEBサイト
武井製茶工場は房総袖ヶ浦(千葉県)で土にこだわり減農薬で育てた茶葉で時間をかけて作る深むし茶専門店です

工場売店でお茶の直売をしています。紅茶はティーバッグのみ(Ushimaruでは特別に紅茶葉のまま仕入れて使っています)

 

「取材・文・写真:暮ラシカルデザイン編集室 沼尻亙司」

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