農場からテーブルへ……。
繊細で、かつ華やかにコースを彩るUshimaruのサラダは、それを象徴するひと皿だ。
はっきりとその風味を主張してくるそれぞれの野菜たちは、優しくハーモニーを奏でながら、美味しさを確かな記憶として脳裏に刻み込む。
レストランでは、外房・いすみ市で自然栽培を実践する棚原力さんの野菜など、千葉の大地の恵みが詰まった野菜を活用するが、登場頻度が最も多いのはなんといってもUshimaruの自家農園の野菜である。レストランから車で僅か数分のところに点在する多品種少量栽培の農園は、野菜の個性が輝く美しい佇まいを九十九里の田園の中に溶け込ませていた。
生命力に満ちた畑から
イタリアンパセリの芳香をまとうかのようにアゲハチョウが舞い、オクラの茎をアマガエルがよじ登る……。そして時折、Ushimaruのオーナー、鈴木敦子さんのお母様が作業の合間に笑顔を魅せる。お母様がそのほとんどを手掛ける畑は、一見穏やかな表情をしているが、命の躍動感に満ちあふれていた。9月末に初めて自家農園を訪ねた時の印象は、今でも忘れ難い。
そして初冬。
厨房で打矢シェフを支える前田啓輔さんの案内で再び畑へとやって来た。
これはコントルノという野菜です。ちょっと辛いかもしれないですけど、どうぞ」
前田さんはハサミで素早く刈り取り、私はつい数秒前まで土から葉を広げていた、コショウソウとも呼ばれるそのイタリア野菜を口の中に放り込んだ。繊細な見た目とは裏腹に、ピリッとした辛味と清冽な香りが弾けた。
「これはサラダなんかにします。ビネガーを振りかけてね」
と、瓶を傾けるように宙に円を描くと、収穫にあたっていたワインソムリエの河野知基さんの掛け声が響いてきた。
「わかめ菜採るー!?」
「わかめ菜はいいやー。ケールを採って、ケール!」
「アイスプラントはいっぱい採っちゃっていい?」
「うん。いっぱい採っちゃって!」
毎週木曜日はUshimaru スタッフによる畑の収穫日とあって賑やかだ。
「茎まで美味しいんですよね、ちょっと塩っぽい味して」
アイスプラントを齧りながら前田さんは話を続けた。
「お母さんの畑の野菜はやっぱり瑞々しいし、旬のものは本当に味が濃い。僕は、商売として農薬を使ってやっていくことは悪いとは思っていないんですけど、ここのようにこだわってる人の野菜って、食べて元気になるというか、野菜そのものの味がしっかりあって、変に味付けしなくても食べられる魅力があるんです」
広がるファーム・トゥ・テーブルの夢
「これがヤーコンですね。本当はスコップで掘るんですけど…」
と手で土をかき分けながら、地中でヤーコンがふっくらと大きく育っている様子を見せてくれる前田さん。
「ヤーコンはサラダですね。食感が梨みたいでおいしいんですよ。収穫した後の株からまた生えてくるので、霜に当たらないよう土の中に埋めとくんです。こういうことを(敦子さんの)お母さんが色々教えてくれるんですよね。僕、将来畑やりたいんですって言ったら、いろいろ教えてくれるようになって」
私たちがそんな会話をしているシーンを眺めていた河野さんが、
「この絵面がいい。まるで前田ファームだ!」
と笑う。
「前田ファームって…」
とちょっと恥ずかしそうに微笑み返す前田さん。
「実は実家にも畑があるんです。季節のものを家のみんながで食べる分だけ栽培してて。この前は千葉の名物の落花生なんかもできてましたよ。その畑を使って将来お店をやりたくて。今自分は23歳なんですけど、30手前ぐらいでお店やりたないなと」
そう、実は前田さんは将来自分の店を持ち、地元の多古町(Ushimaruがある山武市と成田市の中間辺りに位置する内陸の町)のファーム・トゥ・テーブルを実現したいという夢を抱いているのだ。
「実家の畑を活かして、その土地にあるもの、その時季のもので料理を作っていきたいんです。自分は食べることで健康になったりとか、食べてて『疲れない』料理を目指したいんです」
その食べてて疲れない料理とは、どういう料理なのだろうか。
「食品添加物が多かったり、やたら濃い味付けだったりすると、自分は胃がもたれちゃったりするんです。そういうのではなくて、食べて疲れない健康的な料理をやりたくて。それには旬のものとか、素材自体の味が濃かったりとか、瑞々しかったりすることが大切だと思っていて、そういうものを使った料理だと元気になれると考えているんです。多古町は田舎なので、まだそういう食堂がなかなかなくて、どんどん高齢化も進んでて。地域復興じゃないけど、新しいそういう食堂で少しでも町に賑わいが生み出せたらなと思うんです」
Ushimaruで味わったあの美しいサラダには、野菜たちの生命力だけでなく、それを届けんとする人たちの夢も詰まっている。
※前田さんは12月に、河野さんは1月にUshimaruを卒業。新たな食の舞台へと飛び出しました。さらなる活躍が楽しみです。
「取材・文・写真:暮ラシカルデザイン編集室 沼尻亙司」