「天然キノコ」は自然とともに生きるあり方そのもの

ウスヒラタケ。「焼いてもスープにしても、万能です」
ウスヒラタケ。「焼いてもスープにしても、万能です」
コラム

ザッ、ザッ、ザッと、落ち葉を踏みしめる軽やかな足音をたてながら、森の中を進んで行く。木々の合間から降り注ぐ光にはっとして足を止めると、微かにウェットさを含んだ土の匂いが鼻先を撫でた。思わず深呼吸して辺りを見渡すと、仄かに黄色味付いた葉がちらほらと。そっと季節の移ろいを伝える、10月下旬の南房総の森。

三方を海に囲まれた千葉県において、なかなか山はイメージされにくい。最も高い山である愛宕山でも標高は約408メートル。急峻…というよりもなだらかという印象が強い。だが、このクリアーな秋の匂いと木漏れ日と…。この日は千葉の山の魅力、豊かさを再発見する一日となった。

千葉の天然キノコ追い求めて

木に跨りながらウスヒラタケを採る打矢シェフ

木に跨りながらウスヒラタケを採る打矢シェフ

「キノコにとって重要なのは気温と湿度。キノコの成分の大部分が水分ですから。気温と湿度がなければ生えないし、採ることができない。それが天然のキノコです」

そう解説しつつ木立の中から現れたのは、千葉県産食材の地産地消=「千産千消」を牽引する「Restaurant Ushimaru」のシェフ、打矢健さんだ。手には収穫したばかりのアカモミタケ。そして足元に目をやると、「日本野鳥の会」オリジナルのスタイリッシュな長靴が。野性味あるその風体にひときわ映える打矢シェフお気に入りの長靴は、この日も獣道すら見当たらないような場所を踏みしめていく。

時には崖の下へと降下し、またある時は倒木で折り重なったその下を這いつくばるようにしてキノコを目指す打矢シェフ。正直、普通の人ならば絶対にこんな険しい箇所に足は踏み入れないと思わせる場所ばかりだが、それゆえかナラタケやヒラタケ、そして天然キノコの中でも特に珍重されるバカマツタケなどを採取することができた。

「ここ湿度がすごいじゃないですか。山の地形でここに湿気が溜まるんですよ」

キノコが生えるポイントには、必ずそんな手がかりがある。こうした「キノコの気配」を知覚しながら、採集ポイントを十数年かけて地道に開拓していった。

「キノコは1週間ぐらいで同じところに出てくるんです。だから、キノコの時季にポイントを全部周ります。生えてから1週間以内に採らないと傷んじゃうんですよね。ほとんど水分だからしおれたり、土に還ったり。それはキノコが自分の菌を残すためでもあるんですよね」

自然の循環の中ある生物の儚さ。だからこそ愛おしく、一人のシェフを房総の山へと突き動かす。

「天然物」とともに生きる豊かさ

この日はナラタケが豊作

この日はナラタケが豊作

打矢シェフが天然キノコに強い関心を示し始めるのは千葉に来る前、八王子にある天然キノコを出す店でその面白さを知ってから。それまでは特段、天然キノコに興味があるわけではなかった。だが、一方で食材全般、「天然物」は好きだった。

「モクズガニとか鮎とか、ああいう魚介は好きだったんです。みんな繋がるんですよね。例えば鮎。天然物の鮎を捕ってる人は、捕らない時季に違う天然物山菜とかキノコとかを採る。海であれ山であれ、天然物という部分で繋がるところがあって。自分が食べたいから捕る。それが楽しいから続ける。海や山が好き、自然が好きっていうことが共通ですよね」

実は、打矢シェフはそうした天然物とつながり合いながら生きる、南房総の人たちとも付き合いがある。

「これから会う人はもっといいキノコ採ってますから」

と案内されやって来たのは、いわゆる地元のキノコ採り名人宅。山に入るのは子どもの頃から当たり前だったというおじいちゃんから、人の顔の大きさはあろうかというオオモミダケを仕入れた。

「薄皮を剥いて、オリーブオイルを軽く刷毛で塗って炭火で焼いたり。シコシコした食感なので、よく房州のアワビと合わせます。似た食感のものと相性がいいです」

と聞いて、どうして舌舐めずりしないでいれようか!

「地元ではこの時季になれば毎年採ってる。採らないから珍しいのであって、採ってる人には毎年採れるものっていう感じですよね。ただ、南房総って海があるので、無理にキノコは採って食べない。採るのは山側の一部の人ですよね。自然が好きじゃないと、わざわざ採りには行かないですよ」

それもある意味、食材に恵まれた千葉県の豊かさである。

食を育んでくれる自然を愛し、食の豊かさと自らの生きるあり方を響かせ合う。「天然物」を通じて打矢シェフが届けようとしているのは、そうした自然とともに生きる喜びだ。打矢シェフ自身が、そういう生き方をしながら。

今回の取材で気がついたことが一つある。キノコを採取した打矢シェフの手元を何度も撮影したが、その使い倒された爪に目を見張った。この手はこれからどんな食材と出会い、どんな料理を生み出していくのか。さらに見届けていきたい。

クロラッパタケ。「多少クセがあるので磯の魚と相性が良いです」

クロラッパタケ。「多少クセがあるので磯の魚と相性が良いです」

アカモミタケ

アカモミタケ

●打矢健(うちやけん)プロフィール
1977年生まれ。新潟県出身。東京都内、軽井沢で経験を重ねたのち、2008年より「Restaurant Ushimaru」で働き始める。キノコはもちろん、魚介や野菜、ジビエに至るまで、自ら千葉県産食材を手がける生産者と向き合い、その熱量を料理に込める。

ブログで「打矢シェフの食材日誌」を更新中
http://chef.ushimaru.biz

「取材・文・写真:暮ラシカルデザイン編集室 沼尻亙司」

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